初めまして!三女です。
アメリカの暑い所在住です。
mamagonからは遠いところに住んでるのですが、インターネットというテクノロジーのおかげで、ほぼ毎週テレビ通話できるので、遠いと思っていません。
私がアメリカに来たばかりの20年ちょっと前は、”インターネットが電話回線”の時代だったので、30分の国際電話に6千円かかった記憶が、、、、
今は顔が見れる通話ができるのに無料!
すごいもんです
でもその代わり、飛行機代がめちゃくちゃ高くなって、
家族も増えて独り身ではなくなったので、日本に帰るのに驚きのお金がかかってしまいます。
ちなみに、一度、日本とニューヨークを6万円で往復できたことがあります。
特別安かったんですかねぇ。。。
学生時代は、日本往復チケットは基本10万円前後。と思っていたのですが、
mamagonの孫を二人育ててる今は、日本往復チケットだけで50万円以上かかります。
あぁ、、日本は遠いぞ。。。。
そう。今回は、mamagonと洋裁と私、の話をしたかったんです。
(数日前、Apple Musicが、部屋とワイシャツと私をかけてくれたのでその影響)
ずっと昔、小学校の夏休みに、フェルトで人形のキーホルダーを作るのを教えてもらったのが最初でした。
針と糸でフェルトを縫い合わせて、中に綿を入れて完成!というシンプルなもの。
上手だねーってmamagonに褒められたのは覚えているのですが
誰と一緒に作ったのか、どんな人形を作ったのか、その人形をどうしたのか、さっぱり覚えていません。
その後、私が中学から高校くらいの時、mamagonが裁縫職人のようなことをやっていて、一緒にたくさん縫物をやっていました。
実家の一部屋が洋裁専用の部屋になっていて、
真ん中に裁断台、
裁断台の下は小道具が山ほど入っている引き出し、
壁にはいろんな色の糸、
壁沿いに、4台の職業用ミシン(あれ?3台だったかな?)、
その他、なんか特別なミシンと裾上げミシンと、、、いろいろ並んでいました。
出窓のところにはmamagonが作った人形とラジオ
(もちろんFM802を聞きながらの作業!!若い!)
mamagonはいろんなことをやっていましたが、一時期、マーチングの服や旗を縫っている時代があって、そのころ”修業”という名前のお小遣い稼ぎをしていました。
直線縫い専門の私は、旗のお仕事が入ったときは大忙し。
旗は、棒が入るところは絶対直線だし、運が良ければもっと直線のところがあります。
「三女、早いしまっすぐ縫えるから、頼りになるわぁ」
「直線でも、ちょっと油断すると、針が落ちてしまうから、誰でもできるってわけではないのよ」
と、頼られてるとかなり喜んでウキウキでお仕事をしていたのですが、
mamagon は昔から今も変わらず、人を喜ばせ、テンションアゲアゲにするのが上手な人で。。笑
あの頃は楽しかったなぁ
ま、今も楽しいんですけどね。
楽しかった時の思い出に浸るのはなかなか楽しいですね。
ちゃんとブログを書くつもりが、ただの思い出話になってしまいました。
次回こそは、写真付きでブログを書きます!
まずは懐かしい写真探ししてきます!!
コメント